夜になったばかりで、民家からは夕飯の香りと穏やかな団欒の声がして……
一日で一番家庭的な時間だというのに。
嘘だ。間違いだ。
無我夢中で走った。
走って走って…
何かの間違いだと唱える。否定してほしいから走った。
姉ちゃんが働いている工場の警備員に不審者扱いされるが、
「あのっ市井忍、アルバイトの女っ呼んで来てくれませんかっ急用なんだ!!」と、叫んだ。
運動会の声援よりもバスケの円陣よりも、力強く腹の底から叫んだ。
悲鳴は暗闇に吸い込まれてしまうので、もう一度叫ぼうとした時――
事務員のような女が現れ、「市井さんは土日はおやすみですし、それに金曜に突然辞めたんですよ?!こっちが困ってます」と、おかしなことを言った。
この女は頭がやられているのだろうか。
「いつも土日はお休みですが、今日は人手が足りなくて無理言ってお願いしたんですよ」
――と、姉ちゃんが働いていると言うべきなのに。言わないといけないと決まっているのに。
――なんで、なんでだよ。
「市井さんは今仕事中ですからお待ち下さい、休憩時間まで後三十分ですから」と、言うべきなのに。
否定して欲しかった。嘘だと言って欲しかった。しかし、見知らぬ女は、“一身上の理由だそうで”と決定打を放つのだ。
それは未来を打ち消す言葉だから――



