その日は雨だった。
傘を忘れた私はただ、捨てられた猫のように黙って立っていた。
電柱の横に立っていると何人か人が通りすぎて行くのがわかった。
私の存在など、無いかのように人は黙々と歩いていた。
実際、鞄か何かを頭に掲げて急いで家に帰ればいいものを、
今日は何故だかそんなこと考えてなかった。
雨のせいでは無い。
目の前に昔の恋人が傘をさして私を見ているのだから。
すぐ、どこかに行くだろうと思っていたが、そんなことは無かった。
ずっと立ちつくしているからだ。

「・・・羽咲、寒くないの?」

あまり呼ばれたくない下の名前。「羽咲」と書いて「うさき」と読む。
だから、残念なことにあだ名がいつも「うさぎ」。

「・・・寒い。」

単語で答えてしまったことを後悔した。
でも・・・魁人なら平気だろう、とココロに聞かせる。

「・・・傘ないみたいだな。家まで送るから、来い。」

「ありがとう・・・、魁人。」

私が傘に入ると魁人は、傘を私のほうに傾けてくれた。
やっぱり、やさしい。

「羽咲。お前が暗いなんて珍しいな。
・・・なんかあったの?頼りないけど、相談くらいならしてくれていいよ?」

「魁人、ありがとう。・・・たいしたことじゃないんだけど・・・。
自分でなんとかするしかないし・・・ね?」

私の顔色を疑ってか、魁人の表情は少しゆがんだように見えた。

「・・・お前、新しい父親と上手くいってないのか?」

一発でばれた。私の母親は働きづめであって、私には殆ど構わない。
母は、つい最近再婚した。しかし、今の父は金使いが荒く、
母がいくら働いても生活が厳しくなる一方だった。

「・・・うん。お金が・・・ね。お母さん可哀そうになっちゃって。
私もバイトとか・・・って考えてて・・・。」