奥に足を踏み入れる度に、徐々にハッキリと聞こえてくる声。
けどその声は、泉さんの声じゃなくて。
「―――ん…、あっ…」
妙に艶かしい、女の人の声だった。
その声に耳を塞ぎたい衝動に駆られながら、あたしの足は進んでいた。
止まれ、って心が叫んでも、嫌だ、って身体が言う。
―――そんなはずない、って。
数センチ隙間が開いた、扉の奥。
その暗闇の中から、声は聞こえていた。
「…やっ…、泉、く…」
その単語に、あたしは目を見開いた。
泉…泉さんって、言った?
聞き間違いだと、必死に言い聞かせようとする頭に、聞き慣れた声が響いた。
「―――――花蓮…」
瞬間、あたしは全てを理解した。
そしてこれは、夢なんかじゃないと。
「………!」
足音を立てないように後退りすると、あたしは一気に駆け出した。
早く、この場から逃げ出したくて。