城之助の声色が今までの会話とは別の事を話そうとするのを伝える。

弥生はそれを悟り、ゆっくりと城之助と視線を合わせると、落ち着いた声で問う。



「なに」

「今年で何年になる?」



主語のないその言葉に“なにが”と普通なら問うだろうが、そこは血の分けた家族なのか、それとも他の理由があるのか。

弥生にはその何年がなにを指すのか分かっていた。



「……3年だよ」



それは、愛しい人がこの世を去ってからの時間。



死してなお、いまだ想い続ける最愛の人。

手のぬくもりの声の高低も、まるでそこに生きているかのように思い出せる。



城之助が覗き込んだ弥生の瞳にはなにも写ってはいなかった。

見ているはずであろう城之助の姿でさえ。

色を失ったそこには一体なにが写っているのか。

その顔を見る度に城之助は一抹の不安をぬぐい切ることは出来なかった。


娘には幸せになって欲しい。


親なら当然の考えを城之助ももちろん持っている。

だからこそ、新しい相手を見つけその瞳に生きる生気を宿して欲しい。

前々から思っていた事だが、倒れて生死をさ迷い、更にその思いが強くなったようだ。


その思いを伝えようと口を開く、―――が弥生の方が一枚上手だったようだ。



「言いたいことは分かるけど、あたしにはその意志はないよ」



光の宿っていない瞳からは想像のつかない、はっきりとした生きた声。



「そう簡単に動けるものじゃない。……そう簡単に拭えるものじゃないんだよ」

「弥生」

「……はい、オシマイ。この話はいつまで続けても堂々巡りなだけ」



パンパン、と手を叩いて早々に切り上げる弥生の瞳にはやはり色を写してはいない。

自分に似て頑固だという事を思う城之助はこれ以上なにを言っても無駄なことを悟る。

そしてあきれた様に笑うと、弥生の頭をポンポンと軽くたたく。

まるで励ましのように優しい温度をしていた。



「また帰ってこい」



ここがお前の実家だという事には変わりはないんだから、と。

父親らしい言葉に弥生が悪態を付きながらも笑うその顔は子供だった。



「それじゃあね。くたばるなよ、じじい」



ひらり、と手を振って襖を閉める。


その後ろ姿を見送りながらも城之助はあの弥生の顔を脳裏に思い浮かべていた。