「絶対辛かったはずなんだ。……それなのに姉さんからは憎しみの欠片すら見つからなかった」
あの時の佐倉を思い出す。
殺気に塗れ、今でもその温度を思い出すと鳥肌が立つ。
憎しみの対象として疾風は絶好の人物だ。
だけど、それを対象としなかった。
いや、あいつは対象とすら見てなかったんだ。
「辛いなんてもなんじゃない。……姉さんは小さい頃から極道の世界に立たされて、組みを背負うことの責任について毎日説いて聞かされるんだぜ。“この人は悪いことをしたんだ。だがらそれなりのオトシマエをつけるんだよ”って言われて、ナイフを手に持たせられるんだ。……分かる? どれだけ辛いことか。姉さんは血だらけの世界でずっと“時期組長”として育てられたんだ」
疾風の瞳が悲哀を物語った。
こいつの置かれていた立場もきっと苦しかったに違いない。
でもそれ以上の存在がいたことを、疾風は分かっていた。
「それなのに……、それなのに」
ぎり、っと奥歯を食いしばる音が響く。
「突然現れた浮気相手の子供にその場を奪われたんだ。……俺が男だって言う理由でね」
こいつもこいつで苦しんだ事が声色で分かる。
痛みを背負って生きているんだと伝わる。
「無知でガキだった俺は理解できてなかったけど、今なら分かる。それがどれだけ辛い事なのか。……それなのに、姉さんの態度は変わらない。それは俺にとって救い以外のなにものでもなかった」


