その間、すぐ隣で交わされる会話を、あたしはどこか他人事のように遠くで聞いている感覚に陥った。
「悠河。お前ももう決算の数字を見ているだろう? まさかここまで悪化しているとは思わなかったぞ」
「それは私も同じです。まさか、あそこまでとは……」
難しい政治の話が飛び交う。
有栖川グループは、アメリカ・ヨーロッパ・アジアなど、世界中にグループ会社を持っていて、その経営には有栖川家の人間が携わっている。
昨今の世界的経済不況の影響で、有栖川グループ傘下の会社だけでなく、母体も業績が思わしくないということは立場上聞いていた。
その中でも特に不振なヨーロッパ。
まったく先が見えない状況をただ見守っているわけにはいかない。
そこで会長は、とうとうある一大決心をしたようだった。
「フランス・イギリス・スペイン・チェコにあるグループ会社を統合することにした。ヨーロッパ全ての活動拠点を、フランスに移す」
「それで私にフランスに行けと?」
「そういうことだ。統合にあたっては何千という社員を解雇することになるだろう。会社の存続に関わる問題だ。社員には申し訳ないが、こうするしか他に方法は……」
この狭い社長室の空気が、どんよりと重いものに変わっていく。

