西本が学校を休んで三日目だ。
風邪をひいたらしい。一人暮らしだから心配だ。
プリントがたまってきたのを口実に、俺は西本のマンションに足を運んだ。
「先生」
背後から聴き覚えのある声に呼ばれた。振り向くと安藤がいた。
西本に会いに行く時間がかぶってしまったのだと瞬時に思った。
「安藤も見舞いか」
「はい。この前は殴ってすみませんでした。でも俺、先生が嫌いです」
目的地は一緒だから話しながら歩き出した。
「そうか。当たり前だよな」
「でも、先生だけが悪いとは思いません。由文の兄貴も両親も俺もみんな悪いです」
「そうか。俺もそう思うよ」
お互いそれっきり黙ったままで、西本の部屋まで着いた。
ブザーを押した。少し待っても返事がない。もう一度押しても同じだ。
安藤が鍵を取り出して鍵穴に挿し込んだ。
「鍵、持ってるのか」
「はい。合鍵です」
ドアを開けた。防音がしっかりしていたのか、開けた途端騒がしい男の声した。
他の靴はきちんと揃えられてるのに、一足だけ脱ぎっぱなしの靴がある。他の靴より大きい。
声も靴も誰のか見当が付いた。安藤の顔は蒼白になっている。
俺は靴も脱がずに上がり込んだ。
「貴尋!」
やはり、そこには貴尋がいた。何年振りだろうか。
相変わらず派手な髪の色に、弟とは似ても似つかないごつい顔立ち。無精髭が生えたくらいであまり変わっていない。
貴尋はぐったりと座り込んでいる西本の前髪を掴んでいた。
驚いて不審な者でも見る眼で俺を見ているが、左目が腫れあがってあまり開いていない。
補聴器は外れて少し離れたところに落ちている。
「村瀬じゃないか。久しぶりだな。お前、弟の担任なんだって? 世話になってるな」
俺は衝動的に貴尋を殴った。
教師が生徒の父兄を殴るなんて由々しき行為だが、そんなのどうでも良かった。