十二月に入ったが、東京の街はそこまで冷え込みはしなかった。今年も暖冬になるのだろう。睦也は肩のソフトケースを掛け直すと、リハーサルスタジオの扉を開いた。
 今日は一番のりか。平日の午前中のせいか、ロビーには他のバンドメンバーの姿もない。入口のすぐ横に置かれたテーブルを陣取ると、ポケットの中からタバコを取り出した。
 タバコの火がフィルターまで迫った頃、扉の開く音がした。そこには、珍しく時間前にやってきた太輝の姿があった。
「お疲れ、まだ睦也だけか」
「お前こそ珍しいな、時間前に来るなんて」
「うるせぇ、まったく失礼な奴だ。それよりもこの時期は、本当に、参るよな」
 太輝は、心底嫌そうな表情をしていた。
「何に参るんだよ?」
「どこもかしこもクリスマス一色でさ。やれクリスマスプレゼントだ、クリスマスケーキだ何だって、結局、金を使わせたいだけだろ。第一お前らは、仏教徒だろうが」
 太輝はブッタの嘆きを代弁した訳ではない。日本中のもてない男の悲劇を代弁したのだ。