だが、睦也には優を選ぶことは出来なかった。十年間描き続けた夢が、今まさに、手を伸ばせば届くまでに辿り着いたのだ。そのために何か大切なものを失ったとしても、引き返す訳にはいかない。もう既にたくさんのものを犠牲にしてきた。安定という将来を、家族という掛け替えのない絆を、永遠を求めた、いくつかの恋を……。
 優のことも、そのいくつかの一つになってしまうのか? 
 そう思うと、胸が苦しくなった。
 あいつだけは最後まで守り抜きたかった。同じような過去を背負った、唯一の女性だったから。
 睦也は震える指で、携帯を操作した。暗闇の中、こうこうと灯るディスプレイには、ついに口にすることの出来なかった一言が、浮かんでいた。
『もう一度、夢を追えよ』