腰までかかる豊かな黒髪を、頭の上で一つに結い上げ“ 呼小妃 ”は山羊の毛皮に包まれ眠る我が子を抱きながら、そっと見つめる…。
以前は白虎王の后であったうら若き彼女は、色が白く線の細い儚げな女性であった。
君主の命により、匈奴に連れ戻され、寒冷の地に幽閉されてから早一年…
知られたら殺されてしまうであろう我が子をひたすら隠し、誰にも明かす事なくひっそりと、物質もままならぬ状態の粗末な住居の中、一人産み落とした…。
…この子だけは死なす訳にはいかない…
命を掛けて愛した“ 勾麟 ”の忘れ形見…彼がいた事への証・・・。
彼との不義が明るみになった時、自分が身籠っている事を知った。
…だが、彼女はその事を誰にも言わず隠し通した。
黄竜王に罵られても、父親である“ 虚閭権単于 ”に“ 恥さらし ”だと責められても…。
呼小妃 は誰にも明かす事はなかった…。
これは絶対に知られてはいけない…そう“ 絶対 ”に…。
「 呼小妃さま…」
囁く声と共に入り口の幕が上がり、女が一人入って来た
何枚にも重ねた山羊の毛皮を身に纏い、寒さに耐え凌げるように旅支度をしている。
彼女は“ 韓丹 ”
今年三十歳になる彼女は、幽閉される 呼小妃 の元に食べ物など諸々を届けたり、世話をしたりする 使い女 だ。
そして唯一“ すべて ”を知る“ 味方 ”であった
「…さあ…行きなさい…」
彼女にそっと、抱いていた我が子を渡す…。
韓丹 は赤子を丁寧に受け取ると、用意していた水牛の革布を毛皮の上から覆った。これで極寒の冷気から身を護れるはず…。
「…お願いね…」
「そんな!! どうかお顔をお上げ下さい…!」
自分に向けて下げられた頭に 韓丹 は慌てて両腕を差し出す。
華奢な 呼小妃 の躰は、今にも消え入りそうで怖い…
