亀吉の桜

陽一君と僕は

出会ってすぐに
約束をしていた。


それは、


勝手に
逃げ出さない事。



逃げたくなった時は
自分に一言言ってから、

それから出て行け、と。


僕は全く
逃げ出す気も無く、

意識せずに
忠実に約束を守っていた。



ただ…。


たった一度。

たった一度だけ、

陽一君に

勘違いをさせて
しまったことがあった。


夏の盛り。


僕が家の中で
一番日のあたる窓で

陽一君に日光浴を
させてもらっていた時、


あまりに暖かかったためか、
ふと喉が渇いた。


少し
水を飲みたくなって、

陽一君の傍を
離れてしまった。



陽一君は

ふと目を離した瞬間に
僕がいなくなっていた事に
愕然とし、

途方にくれてしまった。


そして

次の瞬間。



その場に座り込み、


声をあげて

泣き出してしまった。



声…と言うより
機械音のような泣き声を
耳にした瞬間。


僕は慌てて
陽一君の許に戻り、

僕はここにいるよと
必死に伝えた。



機械音のような
泣き声が、

まるでコンセントを
引っこ抜いたかのように


ピタリと止まり、


陽一君は
慌てて僕を水槽に入れ、

自分の部屋に
引きこもってしまった。