――沈黙がひろがる。


 格技場の屋根を打つ雨の微かな音と、姫乃の心臓の音しか聞こえなかった。


 先に沈黙を破ったのは、有だった。


「俺の道着を抱きしめて、何してた…?」


 途端に有は、今まで見たことのないような、ぞっとする程美しい悪魔の容貌に変わった。


「…っあ、あのっ…片付けを」

「嘘吐くな」


 姫乃は呼吸することさえも忘れて、ひたすら震えて有の整い過ぎた顔を見上げる。


「…そういえば、あんた。昔は俺のことが好きだったんだっけ―…?」


 獲物を弄ぶる、笑みひとつない悪魔の貌がそこにはあった。



「…こっちこいよ」


 有は、姫乃のか細い手首を左手できつく握ると、真っ暗に静まり返る格技場へと引っ張っていった。