姫乃が電話に出ない。

 部活も休んだ。断りなく。

 こんなことは初めてだ。

 ―…何かあったんだろうか?

 自宅へ、行ってみようかとも考えた。

 が、携帯にすらに出られない程体調が悪いのかも知れない。

 俺はあの夜以来、姫乃のことになるとどうも臆病になり過ぎる。

 また、傷付けてしまうのが怖くて。

 4日の休みがもどかしい。

 姫乃に会って、無事を確かめたい。

 あの甘ったるい声が聴きたい。

 くるくると動く大きな瞳を眺めていたい。


 ―…あの柔らかなセピア色の髪に、もう一度触れたい―――。


 本当は、俺にはそんな資格はないのかも知れない。

 『責任』とかこつけて俺が傍に居ることで、彼女はあの夜の記憶に苦しめられ続けているのかも知れない。


 それでも、傍らで姫乃が笑っていてくれないと不安になる。


 そう、傍に居るのは俺の単なるエゴなんだ。


 あの夜の格技場で、俺は彼女の過去の好意を利用した。

 現在の姫乃が、俺を好きでいてくれている保証など何処にもないのに。

 自分のなかの反吐が出るようなどす黒い憤怒や苛立ちを、彼女に向けて吐き出してしまったんだ。



 …恐らく本心は、俺の顔なんかもう見たくない程に、彼女の心は傷付いているだろう。


全て、俺の罪だ。



 なのに、姫乃を離せないでいる俺は卑怯者だな。



 これが恋愛感情というものなのかは判らない。


 好きだの、愛しているだのといった感情とは違うかも知れない。


 ただ、今では姫乃は俺が自分で在り続ける為に必要不可欠な存在になっているような気がする。


 姫乃が去れば、俺はまたどろどろした暗闇に呑み込まれるだろう。


 自分の為だけに、姫乃を傍に置いておくのか?

 人形のように?



 …俺はなんて卑怯で、身勝手で、最低なエゴイストなんだよ?



 ――反吐が出る。


 こんな俺は、あいつには相応しくない。




 相応しくないないんだ。





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