姫が消えた。


 時刻は夕方。辺りが紅く輝いていた頃。普段なら務めを終え、穏やかな時を過ごしている時間。
 しかし、その日の夕方は違っていた。

 騒ぎが起こったのはいつからなのか、それははっきりしていない。人から人に伝わって、小さな混乱は大きな騒ぎへと発展していた。


 本宮に来たイリヤがいつもと違う様子に気付くのは容易かった。
 侍女や官吏たちが慌ただしく、落ち着きのない様子でいたからだ。野次馬ではないが、気になるという者が性。
 近くに居た下働きの女を捕まえて、さりげなく聞いてみた。

「騒がしいようですけど、何かあったんですか」
「あ、え……えっと、それがですね、セリナ様の姿が見当たらないのですよ。執務をされていたはずなのですが」
「どこか散歩でもしているのでは?」

 慌てているその女を落ちつかせるように、ゆっくりと語る。
 だが、周囲が既に騒ぎ立てている以上、落ちつくことなどできるはずがなかった。

「それでも、言伝もなしに何処かに行かれるなんて。お茶も用意されていて、しかも飲みかけのまま……。あ、このことはまだ内密にお願いしますね」

 それだけ言うと、女は速足でどこかへ向かって行った。内密に、ということはまだ上に伝わっていない?
 慌ただしい雰囲気の中、一人落ちついた様子を醸し出すイリヤはその場には異常だった。