「そりゃあ、姫様の面目がなくなるからな」
「嘘だ。女だ、姫だなんて言っていたくせに、そのあたしにわざと負けるようなことするわけがない。意味がわからな
い、その頭の中で一体何を考えているのか」
その瞳はすべてを隠すかのような、霧に包まれている気がする。本当の姿が見えやしない。
「一つ言える事」
「え? キャッ」
な、何なの!? 突然近付いてきたかと思うと、リクハルドはあたしの顎を掴む。
身長差があるため、奴はあたしを見下ろす。……そしてあたしは、見上げてしまう。だけど、その目をじっと見てい
られない。
驚き、というか、突然のことに今まで考えてきたことがすべて停止する。
「思っていたより姫様は頭脳派だ。無駄に争ったって、何も生みやしない。なら、分かったところで引き上げるのが、
男ってもんだ。姫様は、深奥の姫君というよりは、女傑といったところか」
あたしは視線を合わせられなかった。けれど、きっとリクハルドはずっとあたしの方を見て話していたのだろう。
目には見えないけれど、視線を感じる。
そして気がすんだのか、すべて言い終わると手を離し、踵を返す。
鍛練場の奥に帰っていくその姿。騎士のくせに、男のくせに、金の髪が風に靡き、どこか幻想的な光景だった。
残されたあたしは、どうしていいのかも分からずその場に座り込んでしまった。
勝負では一応勝ったはずなのに、浮かれない心が重くのしかかっていた。


