だが、時の流れというのは、あたしが思った以上に酷いものらしい。
「おや、これはセリナ様、どうしてあなたがこのようなところに?」
「あ、ヴェイニ! もうきたんだ!」
リュカの視線は、ドアのところで立つ男の方へ向かう。
ヴェイニ・ラーティネン。リュカの家庭教師で、もっぱらリュカ支持者であり、あたしのことを嫌い馬鹿にする野郎だ。
父親が文官で、彼自身も十年前にこの道に入ってから、エリート街道まっしぐらなナルシスト。年は辛うじて20代と聞く。
男のくせに髪を肩より少しのばし、ゆるく括っている。あたしから見れば、仕事に不向きなスタイルだ。
「これは困りますねぇ、女性でありながら野蛮なことを好み、何よりも不完全で出来損ないのあなたが殿下の近くにいれば、悪影響です」
そんなヤツの言葉には、一言一言にイラっとくるものがある。
でも、あたしよりも先に口に出した者がいた。弟のリュカである。
「ヴェイニ、おねえちゃんを見るたびにわるくいうのをやめてよ! それに……」
「あーはいはい、殿下。あなたのお気持ちもよぉーく、分かります。昔から男勝りの皇女は可哀相な限りですので、お早めに出て行ってください」
「はぁ!? あんたに言われなくても、出て行ってやるわよ、この変態野郎!」
「まったく、口も悪いのも直ってない。殿下のお目を汚すわけにはいけません」
目が腐るとでも言いたいような、卑下した視線。思わず、手を拳にし、力が入る。そして、勢いよく、振り上げた。
が、その手が振り下ろされることはなかった。
「んな、何をするのよ、イリヤ! 離してよ、こんなヤツ、一発殴らないと気が済まないわ」
「昨日後継者になったばかりなのに、いきなりそんな暴力沙汰を起こしたら、それこそ反対派の思うつぼじゃないの?」
もっともなことだった。
自分の意志で、ゆっくりと拳を下ろす。でも抑えきれない感情。唇を力強く噛み締めて、あたしはその場を後にした。
「彼女を変に挑発するのはやめてください。あなたの殿下だってそれは望んでいないはず」
イリヤはそう言うと、礼をしてその部屋を去った。
後に残った者たちの想いは、誰一人として知ることもなく。
「おや、これはセリナ様、どうしてあなたがこのようなところに?」
「あ、ヴェイニ! もうきたんだ!」
リュカの視線は、ドアのところで立つ男の方へ向かう。
ヴェイニ・ラーティネン。リュカの家庭教師で、もっぱらリュカ支持者であり、あたしのことを嫌い馬鹿にする野郎だ。
父親が文官で、彼自身も十年前にこの道に入ってから、エリート街道まっしぐらなナルシスト。年は辛うじて20代と聞く。
男のくせに髪を肩より少しのばし、ゆるく括っている。あたしから見れば、仕事に不向きなスタイルだ。
「これは困りますねぇ、女性でありながら野蛮なことを好み、何よりも不完全で出来損ないのあなたが殿下の近くにいれば、悪影響です」
そんなヤツの言葉には、一言一言にイラっとくるものがある。
でも、あたしよりも先に口に出した者がいた。弟のリュカである。
「ヴェイニ、おねえちゃんを見るたびにわるくいうのをやめてよ! それに……」
「あーはいはい、殿下。あなたのお気持ちもよぉーく、分かります。昔から男勝りの皇女は可哀相な限りですので、お早めに出て行ってください」
「はぁ!? あんたに言われなくても、出て行ってやるわよ、この変態野郎!」
「まったく、口も悪いのも直ってない。殿下のお目を汚すわけにはいけません」
目が腐るとでも言いたいような、卑下した視線。思わず、手を拳にし、力が入る。そして、勢いよく、振り上げた。
が、その手が振り下ろされることはなかった。
「んな、何をするのよ、イリヤ! 離してよ、こんなヤツ、一発殴らないと気が済まないわ」
「昨日後継者になったばかりなのに、いきなりそんな暴力沙汰を起こしたら、それこそ反対派の思うつぼじゃないの?」
もっともなことだった。
自分の意志で、ゆっくりと拳を下ろす。でも抑えきれない感情。唇を力強く噛み締めて、あたしはその場を後にした。
「彼女を変に挑発するのはやめてください。あなたの殿下だってそれは望んでいないはず」
イリヤはそう言うと、礼をしてその部屋を去った。
後に残った者たちの想いは、誰一人として知ることもなく。


