「よくここだとわかったね」
「あなたのその栗色の髪が落ちていたから。ほら、ゆるく巻かれている栗色、ここで知っているのはあなただけだから」
「そんな下に落ちていた抜け毛だけでよくわかったわね」

 あたしの生きてきた道では、そういった観察力も重要なものである。わずかなものでも見落とすと、恐怖が迫ってくるのだ。
 だからこそ、少しの変化も見逃さない。
 普段ここ、石畳の廊下は掃除が丁寧にされ、何も落ちていない。そもそも、この場所に普通の人は来ない。この神殿という場所で、尊い地位に就かなければ。

 ナーディアはこの神殿で、いやこの国でも重要な存在である神寵姫(しんちょうき)だ。
 彼女に並ぶのは、神祇(しんぎ)と呼ばれる男の巫のみ。

 波打つ栗色の髪に、大きくて円らな茶色の瞳。はっきりいって、彼女の方がよっぽど“姫様”のよう。この国の“姫様”よりね。

「セリナ、それで今度は何」
「最近どうも狙われているように感じたのだけれど、今日になってその気配が強くなって、とりあえずここに逃げ込んできたわけ」

 だってこうしてこの国の“姫様”芹菜<セリナ>は、か弱く護ってあげなければならないような存在ではないし、むしろこうして命を狙われている存在だから。