目的地に近付くにつれ、見かける人も少なくなる。許可がない限り、近寄れない場所になるので、仕方ないといえば、その限りである。

「ここよ、ここ。皇王の執務室。入るけど、大丈夫?」
「とっくに心の準備はできているよ」

 ノックをして、返事を受けてから中に入る。この部屋に来るのも久しぶりだけど、あたし以上に、イリヤは興味の眼差しで周囲を見回している。
 物怖じしないその姿は立派というか、返って呆れるというか。

「よく来たセリナ。して、そちらは」

 声を掛けられる。あたしは意外だった。その場所には、母や管理者の誰かが一緒にいるものと思っていたからだ。
 少々意外にも思いつつも、彼の事について言おうとしたら、先に別の声が聞こえてきた。

「僕はイリヤといいます。縁があり、今は彼女のいる宮殿でお世話になっています」
「そうか。セリナの宮の方に」

 ……あぁ、いまあたしの隣にいるのは誰だ?
 こんな善人の塊のような笑顔を浮かべる男を、あたしは知らない。そう、断じて、あたしの知る“イリヤ”という者とは違う。

 どうして、あたしの時と態度が違うのよ! と今すぐにでも突っ込みたい。が、それを必死におさえ、手のひらで握りこぶしを作り、ぎゅっと握りしめ、感情を抑える。


 執務室というわけで、父親の方は立派な椅子に座り、広い机の上に肘をおき、こちらを見ている。
 大して、あたしたちはというと、その机から1mほど離れた場所に直立不動で立ち、緊張した面持ちである、はずだった。