彼の男、イリヤが訪れて、大した変化もなく日常が進むと思っていた時の出来事である。
 普段はあまり赴かない本宮の方に呼ばれた。とはいっても、正式な儀式などではなく、ただ純粋に呼ばれただけだから、特に何もせずに足を向ける。

「それにしても、なんであんたも一緒なのよ」
「さあ。僕が知るわけないし。むしろ無理やり付き合わされているのはこっちの方だけど」
「……はあ。まあ何にしてもこっちに来るのは初めてでしょ? 一応案内はしてあげるけど、あまりうろちょろしない方がいいわよ」

 こうして話している時でさえ、周囲の視線を痛く感じる。
 普段は訪れない姫に、見慣れない男。まあ興味をひくのも分かる気がする。だけど、こちらはいい気分はしない。
 隣を歩くイリヤも顔には出してないが、若干苛立っている雰囲気は伝わってくる。

「なんか珍獣を見ているような目だね。可笑しくて笑えてくるよ」

 苛立っているのではなく、むしろ見下したようだった。こんな状況を楽しんでいるとは、恐ろしい男。
 イリヤの純粋に真っ黒な髪も瞳もこちらでは珍しい。大体は明るい色をしているものだから。
 あたしは未だにその容姿をじっと見つめることはできない。珍しいとは思うが、恥ずかしい……いや、長く見つめては吸い込まれるような気持ちになる。

 ここで働くメイドたちは奇異の目で見ても何もすることもないと思うが、文官や武官、大臣などは地位もあるモノたち。何か言ってくるかもしれない。
 でもあたしが助けなくても、コイツならなんか平気に交わしていけそうな気がする。

 そうこうしているうちに、本宮の庭を抜け、いよいよ建物の方に辿り着く。
 この皇宮の中でも、いちばん広い敷地面積を有し、国の政治もここですべて行われる。奥に行けば、皇王夫婦の居住地もある。そのため3つの建物からなり、一番大きい建物は4階建て。
 建物を繋ぐ渡り廊下があり、正面玄関以外に、その廊下を繋ぐ3つの場所から入ることができる。

 ただし、どこも厳重な警備をしかれている。出ることは簡単だが、入るにはあたしですら許可がいる。