逃げなければ、殺される。なら、返り討ちにすればいい。でも、そんな勇気なんてない。
陽の光が差し込む、暖かい日、恐れることなんてなにもなかった。
けれど、あたしの本能が逃げろと訴えてきている。
あたしはそういった摩訶不思議な能力に長けていた。何かを感じ取る力、女の感といえばそれまでだが、これまでその感を頼りに数々の困難をすり抜けてきたから、頼れる力だと自負していたりする。
しかし、こんな感に頼らなければならない現状がとても嫌でしかたなかった。
賑わう城下の裏道を抜け、少し影がでて薄暗い森の小道を進んだ先に、そこはあった。
「やっぱりここしかない」
厳かな雰囲気の建築様式だが、それは見た目だけではない。中もかなり厳重に警備されている。
だから抜け道を通り、中に侵入するのだ。安全というわけではないのだが、ここには信頼できる人がいた。
「ナーディア」
女にしては低いアルトの声。それがあたしの声。普通の女の人と比べるとずいぶん低いから、この声で分かると思う。
たとえ、姿を見せなくても、あたしがいるということに。
「またなの、セリナ」
あたしの前にそう言いながら、姿を現す女性。女のあたしからみても、惚れ惚れする美しさだ。
しかし、本人はその顔の表情を歪めた。