もじもじと考えていたあたしになぜか返答があり、驚く。呆れた顔で、全部口に出ていると答えたイリヤにあたしは苦笑いしかできなかった。
「考えたくもなるの。その、だれかとどこかに出かけるなんてほとんど経験がないから」
「はいはい」
そう言いながら、右手に感じる温かさ。繋がれた手から、彼なりの優しさが伝わってくる。
あたしはというと恥ずかしさのあまり、下を向き、何もしゃべらず黙り込む。
「今日の日を楽しみしていたんでしょ? なら、考え込む時間すらもったいない。ただ純粋に楽しむだけだよ」
「……ッ、わ、分かっているわよ! もとからそのつもりなんだし」
そんな会話をしながら、あたしたちはどこに向かうわけでもなく、ただ思うままに進んでいく。
活気ある街、人々の声、澄みわたる空、すべてが新鮮で楽しい。
そして、港まで歩き、海を眺める。どこか遠い世界に繋がる海、ここから別の世界に旅立つこともできる。
そんな場所が、あたしにはとても眩しく見えた。
「ここにいれば、あたしは皇女でも何でもないみたい。ただ、そこらへんにいる人たちと同じただの女であり、“セリナ”という人間にかえれる。怯えも怖れもない。何も気にすることなく、街の人と一緒に生活しているみたいに」
今ここにはあたしたちしかいない。
これまで批判的だった古貴族もいなければ、あたしを厄介者とする人たちもいない。ありのままのあたしでいられる。
「ありがとう、イリヤ。あたしに光をくれて……勇気をくれて」
「それは、キミ自身の力だよ」
握りしめた手のひらから強く、温かい気持ちが伝わる。
寄り添った身体は次第に包み込むように抱きしめられた。
誰もいない街の片隅の港で、あたしたちは深く口付けを交わし合った。