あたしは未だにイリヤのことがよく分からない。

 彼は今まで通り同じように接してくる。かと思えば、不意打ちに甘く微笑みあたしを翻弄する。
 あれは、皇宮に帰還する際の事。世話になったリンド伯に挨拶に向かった時のこと。


「このたびはお世話になりました」

 使者たちを従えて、改めて礼を述べる。いろいろと聞きたいことも沢山あったけど、とりあえずお世話になった分、それは失礼にあたると思い、深く聞かなかった。
 伯爵は以前にもまして人当たりのよさそうな爽やかな笑顔で対応した。


 一通り、挨拶を済ませた後、伯爵は端麗なその顔を歪ませて言った。

「いえいえ、このたびはこちらにもお詫び申し上げる事が……」

 綺麗な顔が悲しみに満ちた表情を見せた。あたしはそれが分からなかった。
 あたしの方がお詫びを申し上げることがあっても、向こうがなぜそういうのか分からない。どうしてそう言うのか聞こう思ったけれど、できなかった。

 イリヤが伯爵に向かって話しかけたからだ。


「……伯爵。そのことについては先ほど話しましたが」
「あ、あぁ、そうでしたね」
「? 何、あたしは分からないんだけど」

 何も知らないあたしを知ってか知らずか、イリヤは澄ました顔でその話を無理やり終わらせた。
 どういうことか聞いても、詳しく話してくれない。