「・・・・・・キスよ」
「キス?」
「馬鹿げた話と思うでしょうけど、おとぎ話であるでしょう?
王子様のキスで目が覚めるって話」
あざ笑うかのように言うと、母はため息をついて僕を見た。
もう、何年も・・・10年以上は僕を見なかったのに。
「キスをしようと顔を近づけたら、泣いたんですって」
これ以上、私に近づかないでって言わんばかりにね?と、母は続けて近くの椅子に腰をかけた。
俯いて座り込む母は、小さくて泣いているように見える。
「実験者たちはキスなんか忘れて、真珠に大喜び、真珠を売って金持ち気取りってね・・・」
「彼女は、何度も泣いたんだね」
僕はガラスケースに阻まれているが、手を上にのばして彼女の頬を撫でるようにケースを撫でた。
「ええ、何度も、何度も、何度も・・・よ、私も実際にその場に立ち会ったことがあったの」
「母さんが!?」
僕は驚いてケースから手を離したが、母の真剣な雰囲気を察して、深くは突っ込まずに話を聞くことにして、再びガラスケースに手を置いた。
「私はそれをみて、感激と同時にとても悲しくなったの・・・初恋もまだの子が、他の人を拒むみたいなその仕草に、どうしたらいいのかって思ったわ」
「王子様、は、いないの?」
どんなおとぎ話でも王子様はやってくるのに。
「見つからないの、その人魚が見つかったとされる海も見てみたけど、他の人魚はおろか形跡も・・・もしこの人魚が目覚めても、ひとりぼっちなのよ?」
だったら、目覚めてもしょうがないって思って、その子も目覚めないのかもね・・・と母は言った。