しかしそれは、まるで、生きているようでもあった。
人魚の涙は、ちゃんと言えば、『涙を流した人魚』たった。
綺麗だが、頑丈にいくつもの鍵で施錠されたガラスケースは、まるでこの美しい人魚を逃がさんとしているようだ。
そして中は、水で満たされているのに、・・・人魚が確かに泣いているように見える。
「僕に、助けて・・・欲しい、の、か?」
僕は知らずにそうつぶやいたらしい。
弟は不思議そうな顔で「にいちゃん?」と首をかしげた。
「馬鹿な子ね、そんなわけないでしょう?」
「!?」
ばっ、と振り返るとあきれた顔をした母が立っていた。
「母さん・・・」
僕は、聞かれた恥ずかしさからなのか、それとも否定された悔しさか、それとも疎遠の中だからか、よくはわからなかったが何故か母の顔がまっすぐ見れない。
弟は母が来たことが嬉しいのか、母のほうへ走りよっていった。
「あなた、変な気は起こさないでしょうね?」
怪訝な顔で母は僕に尋ねた。
つまり、この作品に触れるなと言いたいのだろう。
「僕だって、偽者の人魚を逃がそうだなんて思わな
「本物よ」
僕の言葉を遮って、母はこの人魚を本物だと告げた。
「・・・え?」
「はぁ、だから本物だって言ってるのよ?」
母は、ガラスケースに近づくとそっとケースに触れて人魚を見た。
必然的に、僕と母の距離が近づき、久しぶりの距離感に少し緊張が走る。
「これはね、本物の人魚・・・生きていた、いえ、生きている人魚なのよ」
「生きている??じゃあ、この人魚は捕らえられているの?」
僕がそういうと、弟は人魚を見上げて「可哀想」だとつぶやいた。
確かに哀れだ。
でも、博物館に飾られたわけは僕にもわかってしまった。
あまりにも・・・この世のものとは思えないほど、美しかったから。