「だめですよ、土方さん」
黙考している私に代わって彼が口を開く。
「彼女、記憶がないんですから。思い出せるわけがないじゃないですか」
「あぁ゛?」
軽い調子で言って退ける彼に、土方さんは私を見下ろす目をさっと猜疑で染める。
昼間の尋問のとき、山南さんは有り得ないことじゃないって言ってくれた。でも土方さんにはこの嘘は通用しなかった。都合がよすぎる、と疑う姿勢を緩めなかったんだ。
またあのときみたいに責められるかも…!
次に飛んでくるであろう怒声に身構えていると、何故か土方さんは怒鳴ったりせず、舌打ちしただけで目を逸らした。
「……その平田とかいう野郎の行方もわからねぇ、何が目的だってんだ一体」
「うーん、そうですね。屯所に侵入したってだけでも、一大事ですから。一刻も早く捕らえて、処罰しないと」
「あぁ、その通りだ総司。処罰しねぇとな―――俺に大嘘つきやがったお前もなあッ!!!」
目を光らせた土方さんは再び彼の胸倉を掴もうと腕を伸ばす。でも、彼はそれを難なく躱(カワ)し、素早く土方さんに背を向け走り出した。
「待てこら!!」
「やだなぁ、土方さん。言われておとなしく待ってたら、奉行所も私たちも要らないじゃないですかー」
遠ざかってゆく背を追い、土方さんも走り出す。
「うるせぇ!それと非常時以外、屯所内の廊下は走んじゃねぇ!!今すぐ止まれ!!」
「土方さんが止まったら、私も止まりますよ」
「お前はいっつもそうやって口答えばっかり…………近藤さんはお前をそんな風に育てちゃいねーぞ!!」
「総司!副長!!皆、就寝中です、お静かにッ!!」
真夜中だというのに大声を出す二人を追って、彼女も部屋から抜け出し、叫ぶ。
一人室内に取り残された私は、唖然としながら開けっ放しにされた戸を見つめていた。
ここへ来て、二度目の夜。
殺されるかもしれない、という恐怖しか与えられなかった場所で、久しぶりに人の温かさというものに触れた気がした。彼らはとても、人間らしい。
騒がしく遠ざかっていく足音と言い合う声。
思わず、くすりと笑ってしまった。
