一陣の風が竹薮内を吹き抜け、笹の葉をさらさら揺らす。血の匂いが僅かに緩和されてゆく。
この羽織、確か新撰組の隊服。じゃあ、この人は、新撰組の…?
見下ろしてくる、漆黒の双眸。衣服をかっちりと着こなし、見るからに真面目で寡黙そうな顔立ちの青年を私はじっと見つめ返していた。不思議にも、この人を敵だとは思わなかった。この浅葱色の羽織にはテレビで見覚えがあったせいもあるけど、何より―――この人からは殺気や敵意を感じなかったから。いや、感情というものが一切感じられなかったから。
「驚いたなぁ。まさか、君が助けに来てくれるなんて、ね…」
どことなく皮肉めいた自嘲の笑みを浮かべつつ、彼は私の元へと歩み寄ってきた。
「夢にも思わなかったよ……一(ハジメ)くん」
一……。そういや、斎藤一(サイトウハジメ)って名前を授業で聞いたような気がする。
「…勘違いするな」
斉藤さんは左手に握っていた刀を一振りし、血を払うと静かな動作で鞘に収めた。
「俺はただ、副長からの伝令に忠実に従ったまでだ。お前たちを助けに参ったのではない。屯所内に侵入した浪士及びその同士と思(オボ)しき者を斬りにきた。ただ、それだけだ」
斎藤さんは淡々とそう述べた。自分に厳しい人なのがわかる。
「しかし、助けられたのは事実だ」
東雲さんも同じように刀をしまう。
「感謝する、一くん」
「……礼を言うのなら、俺ではなく的確な判断を下した副長と迅速にそれを伝えに来た長束に言うのだな」
なつか?
授業でも聞いたことがない。あまり有名じゃないなのかも。
そう思っているとサクサクと地面に落ちた笹の葉を踏む軽快な足音が聞こえてきた。その方へ目をやれば、私と同じくらいの年齢の青年が駆けてくるのが見えた。足を動かす度、高く結った髪が揺れる。
