新撰組屯所


闇は更に深まり、空気は一層冷え込み。屯所内にいる隊士たちには束の間の休息が訪れていた。布団の中に入る者、談笑する者など様々。皆が思い思いの時間を過ごす。


が、


その静かな夜はとある男の元に届けられた一つの報告により、あっさりと崩壊した。





「―――んだと?そりゃ本当かッ?!」



新撰組副長は筆を動かしていた手を咄嗟に止めた。歪んでしまった文字に舌打ちしつつ、彼は自室の襖を開けたところに座している鞠千代へ明らかな怒気を含んだ視線を投げる。




「はい。あの朔という娘、屯所内から脱走した模様です」

「あの野郎ッ……ふざけた真似しやがって!!」



土方は机上の紙をぐしゃりと握った。

朔の脱走。土方にとって、それは意外といえば意外だった。一目見たときから間者らしくないとは思っていたが、演技かもしれない、と己に言い聞かせ、最後まで疑う姿勢を貫いた。命乞いしかしなかった娘。


――もしや、本当に間者ではないのか…?


そんな考えも浮かび始めた頃、鞠千代が報告しにきた内容はその娘の脱走を知らせるもの。何故だか裏切られた思いとなった。


――演技だったってわけだ。逃走するなんざ、やっぱり間者だったってことじゃねぇかよ!



ふつふつ、怒りの炎が燃え上がってゆく―――と、あることに気づき、再び視線を鞠千代へ戻す。



「見張りはどうした?東雲の代わりを置いといたはずだろ!門番も何してやがんだ一体?!」

「それが……」


鞠千代は言いにくいのか、口許を引きつらせる。



「さっさと言え」

「見張りを任された隊士は行方不明で、」

「失礼致します、副長」

「あぁ゛?」



鞠千代が少ししか開けていなかった障子をいっぱいまで開け、薄縹(ウスハナダ)の着物の一人の青年が現れた。額の左側に一寸程の小さく薄い傷痕がある。その足元には殴られたのか、右頬を腫らした見慣れぬ顔の男が座り込んでいた。