「鞠!!」
すたすた、と。振り向きもせず早足で廊下を突き進んでいく鞠千代に追いついた東雲が声をかけた。ぴたり。鞠千代は歩みを止め、振り返ると無邪気な笑顔を貼り付ける。
「なぁに?」
本人は笑っているつもりなんだろうけど、どこかぎこちない笑顔を前にし、東雲の胸が少し痛んだ。
「…すまない」
「あはは!やっだなぁ~気にしないでよ?謝るなんて、しのちゃんらしくないよー」
「いや、さっきは私がもっと速く抜くべきだった。止めるべきは私だったんだ」
僅かに表情を歪ませ、苦しげな声を漏らす東雲。
――こんな表情…しのちゃんにしては、珍しいな。
少しばかり失礼かと思ったが、鞠千代は素直にそう感じた。東雲といえば、仏頂面か怒気に満ちた表情というのが定着しつつあったからだ。
「お前にあのような役を……本当にすま、」
再び謝罪を口にしようとした東雲の唇に置かれたのは人差し指。〝なんの真似だ?〟そう目で尋ねると、鞠千代は指を離した。
「いつも言ってるでしょ?汚れ役はあたしでいいんだよ、って」
まるで子供に言い聞かすような、優しい口調。
「しのちゃんにばかり憎まれ役はさせないし、命は背負わせない。あたし結構優秀な方だよ?あたしにだって代わりを務めるくらいならできるから…だからっ…」
鞠千代の目は切ない光を宿す。
「お願いです。必要以上に苦しまないで下さい」
そう言って鞠千代は笑う。泣きそうな顔で、笑う。
この二人にだけわかる、その言葉の示す意味。
