―――約半日前、丑四つ時。



「…不審な娘、だと?」


燭台の小さな灯りの下、文机に向かい合い筆を走らせていた男はぴたりとその手を止めた。



「長州藩士の潜伏先に、か?」

「はい」


男が怪訝そうな面持ちで視線をちらりと横にやると、その先に頭を低くし控えていた少女がすかさず答える。



「私がアレを追い、天井に忍び込んだときには……既に室内に倒れておりました」

「ほぅ、で?その不審な娘を屯所に連れ帰った、と?」

「はい。ですが…」


少し言いにくそうに少女が男から目線を下げる。



「なんだ?言うてみよ」

「…あの場での沖田総司と、その、隠れていて娘を人質とした藩士の会話からするに、長人ではない可能性が…」


少女の言葉に、男は元々細かった瞳を更に冷ややかに細める。



「そんなわけなかろう。ふん、やつら文久の政変での追放を根に持っているであろうからな…。その会話、演技かもしれぬ」

「では、あの娘、やはり間者だと…?」

「ふつうに考えれば、な。厄介なものを屯所に持ち込んでくれたわ……その場で始末してしまえばいいものを…」



苦々しい顔つきで吐き捨てる男。

その不審な娘を殺さなかったのも、連れて帰ろうと土方に進言したのも、どちらも沖田であることを天井裏から全てを見ていた少女は知っていた。しかし、何故かそれを男に言う気にはなれなかった。