「―――すごいなぁ」
東雲さんとは逆の左斜め後ろからそんな声がした。慌てて振り向くと、壁際に勿忘草色(ワスレナグサイロ)の着物の青年が座っている。ずっと黙ってたから、気づかなかった。
「いやーここまで必死に身の潔白を証明する人間……私、見るの初めてですよ。他の密偵は皆、潔かったですけどね」
青年はゆっくり立ち上がり、私の傍まで歩み寄ると無邪気に言った。
この人は、誰だろう?授業で習った人?
顔を見上げていると、そんな私に気づいた青年は、にこりと笑った。山南さんとは少しちがうタイプの笑み。途端、奇妙な感覚がぴったりと私に寄り添う。
あれっ、この笑顔、どこかで…?
『この子を………殺ってから追います』
「―――っ!!」
眼前で緩められた双眸と、記憶の中で嗤う瞳が重なった。
心臓を鷲掴みされたような感覚が込み上げてくる。
「あなたっ、」
「思い出してくれた?うれしいな。じゃあ、そのお礼に―――」
青年は昨夜と同じ状況を再現するため、脇差へと手をかけ
「僕が、君の願いを叶えてあげるよ」
音もなく抜いた刃先を震えている私の双眸へ向けた。
「止せ、総司」
既に落ち着きを取り戻した土方さんは、とても冷静な声で―――って、え?
総司って、沖田総司?!
新撰組の中でも、その剣の腕前は第一等の剣客と称された人物。というのを思い出した瞬間、身の縮む思いとなった。私、知らず知らずの内に、ある意味とても危険な人に二度も殺されそうになっていただなんて。
