凛と咲く、徒花 ━幕末奇譚━






同時刻、京都守護職邸



月の真下に雲がかかり、再び月は姿を隠す。音もなく邸内を進んでいた一人の少女は、とある部屋の前で立ち止まった。その場に座し、障子へと手をかける。



「失礼いたします」


すーっと障子を滑らせる。


「御呼びでしょうか―――」



カッ。


自分の目線と同じ高さから聞こえた小気味の良い音。鋭い何かが刺さったような音を耳にし、少女は手の動きを止めた。体はぴくりとも動かさず、視線だけを流す。自分の左隣にある柱。ちょうど左目のすぐ横の位置に、細い短刀が突き刺さっていた。僅か数ミリでもずれていたならば、少女の左目を刺していたかもしれない位置に。

けれども少女の顔に怯えや恐れの色は窺えない。眉一つ動かさず、顔色一つ変えず、能面のような表情を保ったまま、少女は自分へ短刀を投げた部屋の主へと恭しく頭を垂れた。




「御呼びでしょうか」

「娘の始末は私に任せろ、と確かに命じたはずだが」


部屋の中央で和紙と睨みあっていた男は少女には目もくれず、単刀直入に切り出した。



「私の指示には含まぬ置き土産のせいで、例の娘……存命したようだな」

「はい、そのようで、」

「何故、余計なことをした?……鞠よ」


男は蛇のように目を細め、部屋の入り口で畏まっている少女―――鞠千代へと冷徹な声で問う。それに対し、鞠千代は黙ったまま男を見つめ返す。自らの主である眼前の男は、自分の行いをどこまで把握しているのか、探るように見つめ返す。



「誰が読んでも長人が書いたと思うであろう文面。見覚えがあろう?」


その態度が気に食わなかったのか、男は手にしていた文を投げつけた。紙は重力に従いゆっくりと畳へ落ちる。


――…!!あの文はあたしが…!


鞠千代の瞳には一瞬、動揺が走る。男はそれを見落とさなかった。