どうか、どうか誰も追ってこないで。
そんな気持ちで走った。
走って走って走って走って。
そんな気持ちだったのに、教室からわずか数十メートルのところでつかまってしまった。
「詩乃ちゃんっ!」
声を聞けば振り返ることもできなくて、息を切らしたあたしは口を開くこともできない。
「…どうしたの?」
あたしほどでもないが、少し息の乱れた春人の手の平もすごく熱かった。
「俺、何かした?」
不安げな声で言われたその一言も、全部…全部…
嘘なの?
「春人…。」
あたしは…
「もう良いよ。」
あたしが好きなのは…先輩だけ。
「…え?何が?」
先輩だけだったんだよ。
「嘘つかなくて良いよ。」
「…は?」
先輩が好きで好きでしょうがなくて、
「もう、あたしの事好きなんて言わないで。」
ずっと先輩だけって思ってた。
なのに今、
「女の子が好きなんでしょ?あたしのせいでいろいろ我慢させてたみたいでごめんね?」
視界がぼやける。
頬が冷たいよ。
どうしてかな。
振り向けない。
掴まれた左手がすごくすごく熱くて…
「詩乃ちゃん、言ってることがわかんないよ。」
気のせいではないはずの、少しだけ怒った声の春人。
「春人が一番よくわかってるでしょ?」
それなのにあたしに言わせるの?
「わかんねーよ。俺はいつも詩乃ちゃんが…」
「やめてよ!」
春人の声をさえぎる。
やめて…
やめて…

