8月3日。

あたしたち南条小学校の5年生は、長野県にある山の中のキャンプ場に来ていた。
一年に一度の野外教育活動。林間学校である。


「…ふぅ。あっつー…」
自由時間になって1時間。川で遊ぶのにも飽きて、日差しで暑くなった大きな岩の上に座
ってみる。
思った通り、お尻が焼けるくらい暑い。
大自然の中とはいえ、さすがに真夏だし、暑い。
頭がだんだんボーっとしてきた。

「神崎さん」
下を向いていたあたしの頭上から声がかかる。
「んむっ!」
上を向いた瞬間のことだった。
一瞬何が起きたかわからなかった。
だけど、スグに何が起こったかわかった。口の中に何か突っ込まれたんだ。
すごく冷たくてほんのり甘くて、酸っぱい。
たぶんこれは…
「れもんのアイス…?」
「大当たりーっ!すごいねー!味まで当てるなんて!」
目の前にいたのは、男の子だった。
あたしが小さくアリガト、と言うと、どーいたしまして、とにっこりほほ笑んだ。
ように思えた。
だって。光は男の子の後ろからあたっていたから。
逆光で男の子の顔が一切見えなかったの。
だけど…。だけど、その男の子がすごく整った顔をしているっていうのは分かった。
たとえば、やわらかな栗色のクセッ毛だとか、全身からあふれ出る爽やかなオーラだとか…。
とにかく、一般人とは全く違うっていうのは一目瞭然だった。

私がアイスを一旦口から出して舐めはじめると、男の子は喋りはじめた。
「神崎さん、暑かったでしょ?」
「え?あ、うん。まぁ…」
「おいしい?」
「うん…。すごく」
「そっかぁ~…!よかったぁ!」

その時、向こうの方から一人の少女が歩いてきた。
「あ、乃愛」
あたしが彼女の名を呼ぶと、男の子ははじかれたように反対方向に向かって走り出した。
「ちょ…ちょっと!」
あたしが声をかけるとくるっと一瞬だけ振り返って、
「ご、ごめん!急用思い出したから!それじゃあまたね!神崎さん!」
と叫んで猛スピードで走っていってしまった。

あたしは、頭に浮かんでいた疑問を彼に聞かないままでいたことに気がついた。