絵梨香は回転木馬の前で、

結城 駿から言われた言葉をもう一度彼に訊いた。

『えっ?今何て?』

『だから・・・もう君とは付き合えない』

その言葉の意味を理解するのにしばらく時間がかかった。

片倉絵梨香は大きな瞳、綺麗な横顔、

栗色の巻き毛がまるで人形のように可愛らしく美しい。

それは自分でもわかっていたので、

駿は ずっと自分に夢中だと思っていた。

いったい私のどこが気に入らなかったのか・・・・

『私の・・・どこが嫌になったの?』

駿は、もううんざりとばかりに

『突然で申し訳ないが帰らせてもうらう・・・

もう少し冷静になれたら会って話し合おう』

そう冷たく言うと足早に去ってしまった。

幸せそうな人々の集う賑やかな遊園地に

とり残された絵梨香は、

信じられない光景だった。

(これは夢?)

あまりの悲劇に涙もでてこない。

結城 駿(ゆうき しゅん)

祖父は、すでに政界を退いていたが、

今でも政財界への影響力は大である。

父は、政治家の道を選ばずに 自ら会社を築きあげた。

ユウキベンチャーキャピタルという投資会社の社長だ。

そして駿は、その会社の重役である。

何不自由なく育ち、道を踏み外すことなく歩んできた駿にとって

恋愛から結婚へと考えてしまうのが彼の常識なのだ。

つまり生涯の伴女に相応しくない女性とは、恋愛も考えられなかった。


呆然と立ち尽くす絵梨香に、

たくさんの風船を持った道化師が踊りながら近寄ってきた。

そして、たくさんの風船の中から

赤い風船を選ぶと絵梨香に差し出してお辞儀をした。

絵梨香が無意識にその風船を受け取ると、

道化師は再びアコーディオン弾きが奏でるメロディーにあわせ、

踊りながら去って行った。

絵梨香が手元を見ると、小さな紙が風船の糸に巻きついている。

(何?これ)

その紙を外してみた。

手元から糸が抜けて風船は空高く高く舞い上がっていった。

絵梨香は冬の曇り空を見上げて風船を見送ったが、

すぐに手の中にある紙を広げて見た。