アルコールと彼の指輪

「おじさんが必死に練習する姿とか、想像出来ないな」

 あたしは彼の顔を見やりながら言った。見ながら、目元の涼しい男だな、と思う。

「そうかな? これでも俺、結構努力家なつもりなんだけど」

「努力とか、一番似合わない顔してるのに?」

 この人は努力というよりも、才能という言葉の方が似合う。そう思った時、注文したカツカレーが運ばれてきた。
 香ばしいカレーの香り。

「美味しそう」

 思わずそう呟いたあたしに、おじさんは「そうだね」と笑う。

「カレーなんて久しぶりだなぁ」

 おじさんはあたしのグラスに水を注ぎながら言った。

「そうなの? あたしは、結構食べてるかも」

「そう? いいなぁ。男の独り暮らしは、何かと適当だからさ。インスタントとかコンビニ弁当で済ませちゃうのが殆どだし」

 女の独り暮らしだって、そんなもんだけど。

「……カレーは、作り置きとかしとくと楽だから……」

「俺もくまちゃんの作ったカレー食べてみたいな」

「えっ?」

「だめ?」

 彼は口元を緩めて、少し上目にあたしを見据える。
 狡い、この男。
 自分のルックスの良さを、十二分に理解しているに違いない。もし無自覚でこんな風に強請って来ているとしたら、……何て恐ろしい。

「だ、だめじゃない、けど」

 あたしは慌てて彼から目を逸らし、グラスに注がれたばかりの水を含む。急に喉が渇いたのだ。本当に、急に。

「こ、このカレーほど美味しくないよっ? もしかしたら、不味いかもしれないし」

「大丈夫。きっと美味しいと思うよ」

(何を根拠に――)
 あたしは彼の瞳から逃げるように俯いて、大きく切られたカツを頬張った。