ケーキを食べたらあたしを押し倒してくれるのかもしれないと、そんな期待をしたけど、次の瞬間には諦めていた。冗談混じりではあったけど、こうも簡単に交わされると少し傷付くものだ。

「このケーキ、美味しいね」

 あたしはケーキを頬張りながら、彼の方へと瞳を向けた。彼は「うん」と頷き、酎ハイを二口程飲み、そしてまたフォークを持ち上げる。
 大きくて綺麗な手だと思った。そんな時にあたしの携帯が鳴り、それは先程と同じ初期設定の黒電話風の着信音だった。

「出ないの?」

 彼は苺を口に運びながら、言った。あたしは携帯を開き、電源ボタンを長押しする。同時に着信音も止み、画面が真っ黒になった。

「……非通知だから」

 あたしは嘘を吐いた。けれど彼には関係の無いことだし、何の問題も無い。だからあたしは無表情でまたフォークを持ち、ケーキの苺を食べた。
 部屋にはお皿とフォークのぶつかる音だけが響いていた。彼の口数が少し、減ったように思う。

「おじさんは、仕事してないの? 本当はニートなんかじゃないんでしょ?」

「そうだね、一応、美容師だったりするよ」

「えっ、凄い。じゃあ今日は休み?」

「そうだね。今回は珍しく、休みを貰えたんだ」

 まだまだ沢山、聞きたいことがあった。美容師の仕事は大変なのかとか、油でベタベタの髪にも指を通さないといけないのかとか……。卒業してから急に消えたと、直江さんは言っていた。その真相を聞こうと、あたしは口を開いた。

「くまちゃんは、大学は楽しい?」

 けれど、それよりも先に、おじさんの方がそう聞いてきた。