アルコールと彼の指輪

 やがて彼女が見えない所まで来ると、おじさんはあたしの肩に回した手を離した。少しだけ勿体無いような気がしたけど、何も言わずにあたしは彼から身を離す。

「おじさんって、罪な男だったんだね」

 ぽつりと呟いた。すると彼は小さく吹き出して、口元を右手で隠す。

「そんな風になるつもりは、全然無かったんだけど」

 そんな風になっちゃったみたいだね。
 おじさんはまるで他人事のように笑うと、小さく息を吐いた。

「くまちゃん、今日は誰かと約束してないの? 俺の用事で連れ回しちゃったけど……」

 大きな交差点の横断歩道を渡ろうとした時、彼は言った。今はもうあの女の人に見つかることは無いから、あたしと歩幅を合わせてくれている。
 隣に並ぶ彼は、少し背を丸めてあたしの顔を心配そうに覗き込んできた。彼の方へ目をやれば、おじさんの唇が視界に入り、慌てて逸らす。
 あたしって、実は変態かもしれない。
 ……いやいや、あたしが変態なんかじゃなくて、おじさんの唇がセクシーなのが悪いんだ。ったく、オッサンなんだからそこはバリバリに乾燥しとけよ。女のあたしより綺麗だよ、オッサンの癖に。
 心の中で悪態を吐きながら、口を開く。

「誰とも約束なんてしてないよ。だっておじさんは罪な男なんだもん」

 あはは、と彼は声を上げて笑った。
 そうか、やっぱり俺は罪な男だったのか。
 彼があんまり楽しそうに笑ってそう言うから、あたしまで少し口元を緩ませてしまった。