アルコールと彼の指輪

 おじさんの表情が曇ったのは一瞬、彼はすぐにまた詐欺師のような笑みを貼り付ける。
 この女性が誰なのか、それは彼女を目の前にした彼の反応で、この人が例の“可哀相なくらいに一途でもう二度と会いたくない人”なのだと予測出来てしまった。
 彼女は想像していた女性とは違い、さして美人という訳ではなかった。清潔そうな黒い瞳は少し潤み、真っ直ぐにおじさんを見上げている。

「さっき直くんから電話があって、キョウが直くんのお店に来てるって聞いて……仕事、抜け出して来ちゃった。ねぇ、いつ東京に戻って来たの? キョウ、全然連絡くれないから……凄く心配したんだよ」

 彼女は言いながら一歩前へ出た。けれど、おじさんが一歩後退し、距離は変わらなかった。
 彼女は切なげに瞳を揺らし、瞼を伏せる。その姿を、何だかとても見ていられなかった。

「心配掛けて悪いことをしちゃったね。けど、君はもう俺と関わらないって約束した筈だよ」

 それじゃあね。
 相変わらず緩やかな口調だけど、棘がある。
 おじさんはそれだけ言うと、あたしの肩を抱いた。驚いたけど、今は空気を読んでおこうと思い、あたしはそのまま大人しく彼に寄り添いながら歩く。
 彼女の左側を通り過ぎようとすると、彼女は勢い良く顔を上げ、一度あたしと目を合わせた後すぐに視線を逸らし、おじさんを見た。

「もう急にいなくなったりしないでねっ……」

 彼女は他にも何かを言いたげに口を開いたままだったけど、振り向きもしないおじさんにこれ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、やがて唇を引き結んで、俯いた。
 あたしはおじさんに肩を抱かれながら、首が回る限界までその小さくなっていく彼女の姿を見ていた。