アルコールと彼の指輪

 くすくすと笑いながらどういたしましてと言うおじさんの声を聞きながら、不貞腐れた小さな子どものように唇を突き出して俯いた。
 落とした視線の先には、細い腰から伸びるヴィンテージ・ブラックのジーンズを履いた長い足。
 ゆったりと足を組んで寛ぐ姿さえ様になる。

 あたしは高い椅子の所為で宙ぶらりんになってしまう情けない自分の足で、力一杯に空を蹴った。お気に入りのフリルフラットパンプスの爪先がおじさんの脹ら脛にヒットする。

「いてっ。酷いなぁ蹴るなんて」

 あんたのその含み笑いが気に入らないのよ。
 心の中で悪態をつきながらケーキへと瞳を戻した。

「くまちゃん、来たばっかりなんだけど、やっぱりもう帰ろうか」

「え? もう?」

「うん、ごめんね。直江がね、俺が一番会いたくない人をここに呼んだんだ。だから早く逃げないと。そのケーキ、持ち帰って大丈夫だから」

 おじさんはそう言って席を立つ。いきなりのことで呆然とその様子を見ていると、彼は申し訳無さそうに笑った。

「昔、酷い振り方をした女の子なんだ。可哀相なくらい一途な子でね、出来ればもう二度と会いたくない」

 声は穏やかで、表情も緩い。けれど彼が並べていく言葉は、――切なかった。

「どんな振り方をしたの?」

 ほんの刹那に、

「言ったら、きっとくまちゃんは俺のこと嫌いになるよ。……もう行こうか。せっかく来たのに、ごめんね」

 崩れない彼の微笑が、酷く寂しいもののように感じた。