アルコールと彼の指輪

「お客さん、まだ開店時間じゃな……」

 店に入ると、カウンターに立っていた男性がこちらに視線を向け、そこで言葉を打ち切った。驚いたように目を見開き、じっとこちらを見て固まっている。

 黒縁眼鏡をクイと上げると、男性はその視線をおじさんからあたしへと向け直す。あたしは戸惑いながらも、カウンターへ近付くおじさんの後を付いて行った。

「久し振り」

 おじさんはにこにこしながら男性の斜め前のカウンター席に座る。結構背の高いチューリップチェアなのに、おじさんの長い足には何の問題も無いようだ。けれどあたしは椅子によじ登るようにしなければ座れなかった。
 やっと座れたと安心していると、おじさんは浅く息を吐き出すように笑った。

「小さなお客さんにこの椅子は不便だね」

 ブルーのライトに青く照らされるおじさんの微笑に、心臓がギュッと収縮する。視線を逸らすのも忘れて、あたしは無意識に彼に魅入ってしまっていた。
 もう嫌われているのではという不安は未だ拭い去ることは出来ない。けれど確信を持てなくするかのように、おじさんの淡い笑みは更に深くなる。

 “襲って欲しいみたいだね”

 軽蔑されたようにも思えた。けれど今となっては、彼は何事も無かったかのように接してくる。そうまるで、結局彼にとってそんなのはどうでも良いことのように。

「京吾お前……漁師になるんじゃなかったのか? こんなとこに何しに来たんだよ」

 ずっと黙り込んでいた男性がようやく口を開いたかと思えば、突拍子も無いことを言う。その言葉を理解するのに少し時間が掛かった。

「あははっ、まだ信じてたんだ? そんな嘘」

 けれどおじさんは、フリーズする男性とあたしをよそに、からからと楽しそうに笑うのだった。