アルコールと彼の指輪

「君はまるで襲って欲しいみたいだね」

 おじさんは何を思ってそう言ったのかは分からないけど、いつもと同じ声色でありながら、それはどこか蔑むような言葉に聞こえた。
 彼がこちらを見ることは無く、上手く言い返せなかったあたしも彼の顔を見ることが出来なかった。

 代わりに、気持ちの悪い黒い靄(もや)のような、そんなよく解らないものがあたしの中でゆっくりと渦巻き始めていた。

 あたしを襲う勇気が無いの? 男としての機能を果たせなくなったの?

 可愛さの欠片も無い、寧ろ腹立たしいくらいの言葉をようやく思い付き、けれどそれらは声になろうとはしない。
 これを言ったら、例え彼がどんなに優しい人だったとしても絶対に怒ると思ったし、いい加減そろそろあたしのことを嫌いになってしまっても可笑しくないと思ったからだ。

 今だって、彼があたしを嫌っていない保証なんてどこにも無いのだ。
 それに、もう既に嫌われているかもしれないと、そんな不安が、あたしの生意気な口を閉ざしてくれたのだった。

 ドアノブを握るしなやかな彼の手を、あたしはじっと見つめていた。