アルコールと彼の指輪

 駅前の通りを一本入った、薄暗い路地裏のような道の端にその店はあった。
 打ちっ放しのコンクリートの壁に、大人一人分の大きさの入り口。ドアなどは無く、入ってすぐに地下へと階段が伸びている。

 退廃した裏のアジトのような、一般人ではなかなか入る勇気を持てない外観に、あたしは軽い高揚感を覚えた。
 どこか非日常的な空気を感じ取ったのだ。

「おじさん、此処凄いね」

 一人しか通れない高い階段を、おじさんの後に付いて降りて行く。薄暗い中で少しだけ声が反響し、あたしは壁に指先を添えながらゆっくりと足を進めた。
 階段を降りると狭いスペースがあり、そこだけ電球で頼り無く照らされていた。目の前には重たげな鉄のドアがぽつんとあるだけで、店名の書かれた看板は一つも無い。

「……参ったな。くまちゃん、君はもっと警戒心を持った方が良いと俺は思うよ」

 少し呆れたように話すおじさんに、あたしは首を傾げた。おじさんはそんなあたしを見下ろして、苦笑混じりに続ける。

「こんな怪しい所に連れて来られたって言うのに、何だか楽しそうだね。もし俺に下心があったら、どうするの?」

 あたしは思わず溜め息を吐いてしまった。相手からすればかなり気分の悪いことなのに、あたしの悪い癖は未だ健在のようだ。

「またそんな話? そういう例え話をするなら、一回くらいあたしを襲ってみてよ。でないとおじさんにそんな話をされたって、全然何とも思えないの」

 下心なんて、無い癖に。あたしはいちいち怯えてるような可愛い女なんかじゃないのよ。

 ほんの少しだけ、苛立ちを覚えた。