アルコールと彼の指輪

 おじさんは優しい微笑を浮かべたまま、うーんとわざとらしく唸り腕を組んだ。大きな瞳でじっと見つめられ、気まずくて目を逸らすと。

「“お腹減った”」

 おじさんは閃いたように明るい声を出した。そんな彼に「違う」と素っ気なく返すと、彼はまた考え込むような素振りを見せる。

「じゃあ……“アルコールが足りない”」

「違うし。全然分かってないじゃん」

 唇を突き出して文句を言えば、彼は可笑しそうにくすくすと笑う。

「だって俺、超能力者じゃないもん。くまちゃんの考えてることなんて、分かる訳無いでしょ」

 じゃあ何で当てるなんて言ったの。そう思いつつ、無意識に笑みがこぼれた。
 “考えてることが分からない”と言われるのが普通だった。あたしはその度に“分かられて溜まるか”と心の中で相手を罵倒して来た。

 けれどおじさんは“分かる訳が無い”と言う。そうだよ、超能力者じゃないんだから分かる訳が無いんだ。
 どうして気付かなかったんだろう。いちいち暗くなって、怒っていたりしていた自分が馬鹿みたいだ。

「くまちゃんの名前ね、ちゃんと覚えてるよ。斎藤渥美ちゃん。でも、もう俺の中ではくまちゃんで定着しちゃったんだ。ごめんね」

 謝るということは、これからもくまちゃんと呼ぶという意味だ。そう言うあたしも、おじさんはおじさんなのだからお互い様だ。

「じゃあくまちゃん。仲良くなったお祝いにご馳走するよ。行ってみたい店があるんだ」

「“お腹減った”のはおじさんなんじゃん。その行ってみたい店はアルコールもあるの?」

「あ、バレたか。勿論、あるよ」

 けれどおじさんは、超能力者かもしれない。実は、帰ったらもう一回お酒に挑戦しようと思っていたところだった。