「安藤美樹のことなんか心配してねえ。あんたのことだってどうでもいい」

そこまで言うと、ふと、彼女は寂しげな表情を見せた。
先程までとは違う、女の子の顔だ。

「ただ、あの子が戻って来ないと、あたしが困るんだ」



「ただいまー」
アパートのドアを開ける。
「ただいま」、といっても、実のところ僕の家じゃないんだが。

靴を脱いで上がると、一番手前の部屋から女子高生がお玉を片手に顔を出した。
「あ、神戸さんおかえり。珍しいね、日曜に出掛けるなんて」

黒髪におさげ姿。
安藤美樹だ。

「うん。ちょっと用で」

「ふーん。それより、晩ごはん出来たから」

そう言い流すと、彼女はまたキッチンに入って行った。

出掛けていたことは会話の流れで聞いただけで、何の用かは別にどうでもいいらしい。

休みの日は専(もっぱ)ら家にいる僕が出掛けたことを、自分のことで出掛けた、とは普通思わないだろうが。

先程の出来事ですっかり二日酔いも覚めてしまった僕は、上着を脱いでダイニングに向かった。