外に出ると、まだ空は薄暗く、まるで朝を感じさせなかった。


「…ほんとに朝か?」


世界は本当はまだ夜中で、俺の携帯だけが間違っているんじゃないのか?

ふと携帯の電源を切りっぱなしだったことを思い出して、かばんから取り出す。


電源ボタンを長押しすると、液晶画面に明かりが戻った。



―AM 7:36―


「やっぱ…朝だよなぁ…」



呟いた声は、部屋の中で見たよりも白い吐息になった。


俺は、もう通信の役割を果たしていない、時計代わりの携帯を再びかばんの中に投げ入れた。

携帯料金なんて、とんでもない。

そんなもん払えるくらいなら、冷蔵庫の中はもう少し豊かだ。


家に帰れば、温かい食事があって、温かい風呂が沸いていた―そんな生活は今の俺にはない。


夢中になれる「何か」を探して、勝手に東京に飛び出した俺には、温かさも余裕も、まるでなかった。







錆びた階段をカンカンと駆け降りる。

重い足が地面に触れ、ふとボロアパートを振り返ってみた。



低い冬の空の下、どんよりと不気味に姿を見せたオンボロアパート



―かすみ荘―



重く黒ずんだ木造の、二階建ての小さなアパート。

一階と二階にそれぞれ4部屋ずつ。

その二階の一番左端が、俺の住家だった。



ヒュウ…と駆け抜ける風に、ボロアパートの前に立っている木々の葉がおどろおどろしく揺れる。


「…何が『かすみ草』だよ…」



小さく言い捨てて、俺はかすみ荘に背を向けた。