何でだ…

何で馬券がないんだ…?


「嘘…だろ…お…?」


信じられねぇ…

ないわけねぇだろ?
ないわけが。


電気屋の前で一人引き攣り笑いを浮かべる俺は、傍から見ればさぞかし不気味だったことだろう。

何の面白みもない夕方のローカル番組に切り替わったプラズマテレビの前で、

まるでこの寒さすら感じていないように意識を止めた俺を、何人の主婦が振り返っていたのだろうか。


「お…俺の……俺の3億……」


うつろに開かれた目玉が、もはや何にも焦点をあてられてはいなかった。

特に見たいものがあったのかと聞かれればそれまでだが、自分の身体の外と内が何らかの膜で隔てられたような

初めての感覚。



3億がどれくらいとか
3億で何ができるとか

そんなの分かるわけがない。


ただ俺の直感が掴めているのは、3億っていうのがどうしようもないくらいの大金で、そして

俺の人生を変えるものだということだ。


俺の…俺のこの腐った人生に終止符が打てる…!




―だから言っただろう。お前みたいなヤツが東京に行っても何も変わりはせんと―


―秀ニ、お前いま東京で何やってんの?え、フリーター??東京まで出て来て?―



―やべ~マジ今度の仕事すんげぇ大変なんだよ~。いいよなぁ~秀ニは楽でー。変わりてぇよ~―




「………っ」


見返してやる…


感覚を失っていたはずの両の拳に痛いくらいに力がこもっていく。


冷えて掠れた唇に、無理矢理に歯を立てる。



「あ…れは……俺の…俺の金だ……」


身体の内側から表面を凌駕するような欲。


欲すらも失ってしまったとばかり思っていたのに、今こうして俺の目に狂気の炎を燈し、その足を走らせているのは

他の何ものでもない


―欲―だった。