「お先失礼しまーす」

苗字しか知らないような高校生のバイトの男子とレジを交代する。

―失礼します―

なんて微塵も思っちゃいない。まるでそれが意味を持たない単語であるかのように、適当に吐き出した。


下を向いたままレジの前に立ち尽くすコイツを不審に思いながらも、軽く頭を下げてそのレジの前を通過する。


「…お疲れっしたー」

ソイツはそう言いながらチラッとだけ俺に視線をやると、まるでそうしたことが無駄だったとでも言うように早々と視線を手元の雑誌に戻した。



…おいおい。

レジで堂々と売りモン読んでんじゃねぇよ。

ほっといてたら肉まんとかにも手出すんじゃねぇだろうな。


俺はそんなことを考えながら、ソイツを一瞥して扉に手をかけた。


ビュウッ―――


…寒っ。


まだ午後4時前だというのに、空はどんよりと重たい灰色の雲に覆われ、キンキンに冷えた風が暴れ回っていた。



「…このクソ寒い中帰んのかよ…」


呟いたその声さえも白い気体に変わる。

俺は刺すような冬の空気を吸い込み、ゆっくりと口内で温めながら吐き出した。



「あの――…」


「…?」


呼び掛けられた声にふと振り返ると、レジの高校生が眉間に皺を寄せて俺をじっと見ていた。






「さみーんで早く閉めてもらえます?」


「………」


四分の一程開いた扉からは容赦なく店内に北風が入り込み、入口付近の雑誌をめくり上げていた。


「…すみません…」


俺は聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟くと、冷気がうごめく外の世界へと足を踏み出した。