結婚事情

「会社を出ようとした時に、急に上司に呼び出されてしまって、抜けるに抜けられなくなってしまいました。本当に申し訳ありません。」

水口さんはそう言うと、深く深呼吸した。

「あの、ずいぶん走ってこられた感じですけど、大丈夫ですか?」

水口さんは、私の顔を見て、にっこりと笑った。

「はい、大丈夫です。これでも、昔はサッカーで鍛えてましたから。」

「サッカーやってらしたんですか?」

ちょっと意外だった。

見た目が繊細な印象だったから、てっきり文化系かと思ってた。

「ええ、中、高と。」

こりゃ、絶対モテたな。

心の中で大きく何度もうなずいた。

「じゃ、とりあえず、向かいましょうか。」

「お食事する場所は?」

「この近くのホテルの会席料亭を予約してあるんです。以前、接待で使ったんですが、雰囲気も味もかなりよかったので。あ、大丈夫ですか?」

大丈夫もなにも。

すごすぎて口が開く。

ずっと付き合ってたノボルとすら、会席料亭なんて行ったことないし。

「大丈夫というか、そんな敷居の高い素敵なところ、行ったことないから・・・。私みたいな格好で大丈夫なんでしょうか?」

水口さんは少し目を見開いて、そしてぷっと吹き出した。

「ハルナさんって、やっぱいいですね。こういう素直で正直な女性って、貴重ですよ。」

「あ、少し馬鹿にされてます?」

冗談ぽくすねた顔をして言った。

「いえいえ、ほめてるんですよ。僕は好きです。すごく。」


ドキン。

まただ。

水口さんには、これまで何度ドキンとさせられたんだろう。

「好きです」って・・・。

数時間前にタツヤに「好きじゃない」って言われたっけ。

いやいや、あいつのことはどうでもいいって。