「しかし君は、図に乗り出した。」

カインは急に目つきが厳しくなり荏原を見るが、次の瞬間には柔らかい表情に変わる。

「強くなった君に、<待った>をするようになった上司の一人、久山(くやま)。久山は蓋神より年上だった。そして蓋神と同じくらいに強かった。
その久山に対して<待ったですか?>と小馬鹿にしてしまったことがある。
その上司は<お前調子に乗るなよ>と怒ったね。それをなだめたのが蓋神だった。
<強ければいいんだよ>と。
この懐の大きさに君は胸を打たれた。
それ以来、君は謙虚に生きるようになったんだ。蓋神は人生をも将棋を通して君に教えてくれた。」

荏原は頷いた。

「君は誰にも認められ、会社の代表として大会にでるようになる。初め、大会にでたこともないのに、蓋神よりも強い、久山よりも強いと期待されていたね。
だが、君は全く勝てなかった。2年間、一回戦負けが続いたんだ。練習では勝てるのに本番では勝てない状態だったのは何故だか分かるかい?」

荏原はカインを見る。

「蓋神は君の攻撃を全て受けて教えてくれてたんだ。君は蓋神といい勝負をすると思っていたが、違かった。若い目を育てるための蓋神の心遣いだ。わざと負けたりね。
もちろん他の上司も君の知らないところで同意していた。本物の力をつけるまであいつを鍛えようとね。それを知らずに君は図に乗っていた事もあったんだ。笑えるね。」

荏原は驚きの表情をし、力が抜けた。

「君を鍛えたのは、県でも5本の指に入る、<堀・ほり><久山><蓋神>だったね。堀の歩、久山の捌き、蓋神の受けは有名だった。そして・・・それを全て吸収した30の夏に君は優勝した。県の代表になったんだ。」

荏原は照れて、笑った。