「ある日、君はそのトップクラスの上司の一人と二人だけになった。
・・で、本格的に将棋を始めることになる。その上司の名前は蓋神(ふたかみ)といったよね。君よりも二回り年上だ。
蓋神は君を誘ってくれたんだ。そして、君は他にその場に誰もいないのを確認し、恥をかかないのをいいことに君は対局することにする。
県トップクラスの蓋神とね。君は震えていたが、笑いと言い訳で誤魔化していた。
真面目にやらなければ、恥をかくこともない、とね。」

カインは荏原を見た。

「ああ、俺は情けない男だよ。それでいいか?」

荏原はカインに抵抗した。

そんな荏原の声を無視するかのようにカインは話す。

「君はもちろん惨敗さ。当たり前だよね。本を読んだだけで、強くなれたら世話ない。・・でも君は嬉しかった。違うかい?」

荏原は空をみた。

「君はますますのめり込んで言ったんだ。・・将棋に。しかし、それから中々将棋をやる機会がなかった。
蓋神に中々会わなかったこともあるが、とにかく君は弱かったから相手にされなかったんだ。
ときおり、唯一、蓋神だけが相手にしてくれた。
しかしそれも月に2回程度だ。
その間は本をとにかく読んだね。まあ、人間でいう努力というのかな?
君は努力を惜しまなかったよな。
きっと、楽しくて楽しくて周りからは努力に見られても、君は面白くてしかたなかったんだろうな。
・・その証拠に、努力を隠さなくなっていた。」

カインはフッと今までとは違い、嫌味のない微笑を見せた。

「その努力が実り、徐々に蓋神に実力を認められるようになった。2枚落ちから飛車落ち、角落ち、終いには平手で対戦するようになった。ここまでに2年だったな。君は優秀だったよ。
他の上司にも認められるようになり、本を読む時間よりも対戦する時間のほうが長くなり、
新人なのに優秀だと一目置かれた。」

荏原は澄んだ瞳に変わっていた。時間は0時を過ぎた頃だろうか。

「この頃には蓋神とは将棋以外の話もするようになり、色気のある話もしていたな。今の女房は蓋神の紹介だろう?。蓋神のおかげで、上司には誰よりも可愛がられたね、君は。」